※この記事は2024年7月に神戸新聞へ掲載されたものです。
米アップルの「ビジョンプロ」や米メタの「メタクエスト」などの拡張現実感(AR)ゴーグルが発売され、ARがいよいよ家庭で楽しめるようになりました。これらのARゴーグルをかぶると、眼前がディスプレーに覆われて視界いっぱいの3D映像が見られるとともに、眼前の光景を得られるカメラも装備されており、ARゴーグルを装着したまま歩き回ることができます。さらにはそういった一人称カメラで捉えられた映像にさまざまな認識処理を施すことで、その場や状況に応じたサービスが提供できます。
このような着用可能(ウエアラブル)コンピューティングに関する研究は1990年代ごろから盛んになり、筆者も前任校在籍時から研究してきました。
ARゴーグルがより透明化し、人々がそれらを装着して日常生活を送る未来を考えてみましょう。個人が日常生活で見たものをすべて映像として、それこそ一生分を記録できることになりますが、それはその人の「記憶」をコンピューターで扱える世界となります。例えば街でばったり会った知人の名前が思い出せないときに、過去に同じ顔の人物に会った際の記憶、すなわち映像記録を検索し、提供すれば思い出す手がかりになるでしょう。
筆者らもこのような「拡張記憶」の研究に取り組み、探したいモノを最後に手に持っていた際の映像をゴーグル内で再生することで、それを手放した場所を想起できるモノ探しシステムのための装着型センサーと、映像検索技術を開発しました。
ウエアラブルコンピューティングの実現にはハンズフリー、すなわち手に何も持たずに操作できるインタフェース技術も重要です。筆者らは、手のひらの中心に装着した魚眼レンズで手指のモーションキャプチャーが行える技術を開発しました。
魚眼カメラは180度前後の視野角をもち、手のひらのレンズからその手のすべての指先を捉えられます。検出した各指先の位置から、逆運動学分野の技術を使ってすべての指関節の角度が推定できます。筆者らは、バーチャルなろくろ上の粘土モデルを変形できる「ARろくろシステム」を試作し、その有効性を示しました。
手のひらに魚眼レンズが埋め込まれる未来は想像し難いかもしれませんが、「寄生獣」や映画「パンズ・ラビリンス」のペイルマン、妖怪「手の目」など、手のひらに「目」を持つ存在が古くから想像されてきました。このような将来とそのための技術も、われわれの生活を豊かにしてくれることでしょう。