※この記事は2021年3月に神戸新聞に掲載されたものです。
少し前まで映画の中でしか見られなかったバーチャルな世界が市民権を得つつあります。仮想現実(VR)を家庭で楽しむことはもちろん、eスポーツがオリンピック競技として採用される日も遠くないかもしれません。
新型コロナウイルス禍では、学校はオンラインの授業、仕事はテレワークが活用されるようになり、実体から電子化への移行は一層加速しています。
こうなると現物・実物が見えにくくなってしまいますが、このような社会でこそ私たちの豊かな生活を支えているのは物質であることを忘れないでください。
人工のものとは思えない現実感のある映像表示やその映像をなめらかに動かす5Gのような高速通信には、より高性能な電子デバイスが要求されます。ディスプレーやモニターで映像を表示するには、細かい画素一つ一つで、光の量を高速で調整するためのスイッチが必要ですし、通信には0と1という二つの値にデジタル化された信号を短時間に大量に授受するためにやはりスイッチが必要で、全て半導体でつくられるトランジスタと呼ばれる半導体素子が必要だからです。
また、それらの機器の携帯性を高めるためには、高容量の二次電池が必要です。高品質な映像を見ていても、頻繁に充電しなければならなかったり、電源につないで有線で接続しなければならなかったりしたら、せっかくの臨場感が台無しですよね。
現実の世界に戻れば、環境にやさしい移動手段として期待されているゼロエミッション車やドローンなどに、クリーンエネルギーの供給源となる二次電池や燃料電池の開発が必要です。さらには、電気エネルギーを効率よく駆動力(運動エネルギー)に変換するには、モーターを構成する磁石の性能向上が課題となっています。
このように電子機器に頼り、ゼロエミッションを目指す社会だからこそ、これまでの性能を凌駕(りょうが)する半導体、磁石、電池、触媒などの物質が鍵となるのです。
関西学院大学では、こうした社会の要求に応えるために、2021年4月、工学部に物質工学課程を新設します。従来の枠にとらわれずに、物理と化学の垣根を取り払い、今後必要とされる機能を持った物質を創出するための学びと研究の場です。物質工学課程を担当する8人の教員が推進する研究は、国連サミットで採択された17の持続可能な開発目標(SDGs)のうち、8もの目標と関連付けられていています。学びの中で、その研究の幅広さを実感してほしいと願っています。