研究から探す

小さな望遠鏡 銀河の成り立ち、学生調査。 

※この記事は2025年3月に神戸新聞に掲載されたものです。

 夜空に輝く数千億個もの星は天の川銀河をつくっており、さらに遠い宇宙には別の銀河が無数にあることが知られています。現在の宇宙の主役である銀河がいつどのように生まれたかは謎に包まれており、多くの天文学者が解決に取り組んでいます。

 例えば、米航空宇宙局(NASA)のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は最高感度の巨大な望遠鏡で、生まれたての銀河を見つけようとしています。私の研究室では、これとは正反対の小さな望遠鏡で「宇宙赤外線背景放射」を観測し、銀河の成り立ちを調べようとしています。

 始まりのころの宇宙は、後の銀河のもとになる星やブラックホールなどの原始天体で満ちていたと考えられ、その光を捉えれば銀河誕生の大きなヒントが得られます。

 それらは遠すぎて、巨大な望遠鏡でも一つ一つを見分けられませんが、それらの集まりとしてなら捉えられるかもしれません。例えば、大気中の水滴を一つずつ見られなくても白い雲として観察できるようなものです。

 このような、遠い銀河のさらに向こう側から来るぼんやりと広がった光(放射)を「宇宙背景放射」と呼びます。そして、「赤外線」はリモコンで知られる波長が長い光の仲間です。原始天体が出した光は、ビッグバンで始まった宇宙の膨張とともに波長が伸びて、地球に届くころには赤外線になります。これが(研究室で観測している)「宇宙赤外線背景放射」です。

 大気はとても強い赤外線を放射するため、赤外線観測は大気圏外から行う必要があります。人工衛星による観測は良い方法ですが、それには莫大(ばくだい)な予算や年月、人手がかかります。

アメリカでの「CIBER-2」実験(左、中央)と、ロケット打ち上げ前の様子

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)で衛星計画に携わっていた私は、学生たちが中心に活躍できる小さな計画を進めたいと考え、アメリカの共同研究者たちとNASAの観測ロケットで宇宙赤外線背景放射を観測する「CIBER」と名付けた実験を進めました。

 CIBERの望遠鏡の口径は10センチしかありませんが、視野が広いため、宇宙背景放射に対しては、口径6メートルのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡よりも高い性能が得られるのです。その観測の結果、宇宙赤外線背景放射には、知られていない天体が大量に含まれていることが分かりました。

 関西学院大に着任してからは、この未知の天体が原始天体なのか突き止めるために、性能アップした「CIBER-2」実験を始めました。関学大で作った望遠鏡をアメリカへ送り、学生たちは現地メンバーと共同で組み立て作業や実験に力を尽くしました。

 この望遠鏡はノイズを避けるため、液体窒素でマイナス200度まで冷やす上、打ち上げの振動に耐えることが求められるため、その設計・開発や取り扱いは普通の望遠鏡とは比べものにならないくらい面倒です。部品が温度差によるひずみで破損したり振動で壊れたりし、スケジュールが遅れたこともあります。

 新型コロナウイルス禍には、打ち上げ直前に基地が閉鎖してしまうことがあり、その後も装置やロケットのトラブルで実験は停滞しました。しかし数々の困難を乗り越え、2024年には打ち上げに成功し、観測データを得ることができました。

 現在、学生たちはデータの解析に奮闘し、銀河の成り立ちに関わる発見を目指しています。今後は、国内大学やJAXA、および企業と協力して進めている超小型衛星「VERTECS計画」(25年打ち上げ)による可視光の観測も行い、CIBER-2と合わせて宇宙背景放射の研究を進めていきます。

 宇宙の研究は明日の生活には直結しませんが、真理の追求のために行う実験はアイデアの宝庫です。努力の末に迎える打ち上げの瞬間は何ものにも代えられない感動が得られます。すべての学生が宇宙の研究者になるわけではありませんが、ここで得た特別な経験が将来に生きると信じています。

松浦 周二</span> 教授

MATSUURA Shuji

宇宙からの赤外線を捉えることで、銀河はいつどのようにしてつくられたのか?宇宙の始まりの頃に物質がプラズマ化されたのはなぜか?宇宙を支配するダークマターとダークエネルギーの実体は何か?といった現代の宇宙物理学が抱える大きな課題に取組みます。