※この記事は2024年10月に神戸新聞へ掲載されたものです。
私の専門は数学ですが、その中で代数学と呼ばれる分野に属する研究をしています。代数学とは簡単に言うと、数の代わりにxやyなどの文字を使って方程式などを研究する学問です。

私は多項式の割り算に関連し、非常に良い性質を持つ多項式の集まりである「グレブナー基底」について研究しています。グレブナー基底は代数的な概念ですが、統計学、最適化理論(ある数学的な制約の範囲内で、利益を最大化する、費用を最小化するといった最適解を求める理論)など、代数学とは異なる分野への応用が知られています。
通常、代数学は「純粋数学」に分類され、最適化理論や統計学などは「応用数学」に分類されます。そういう意味では私の研究は少し変わっていますが、ここで代数学とその応用について少し紹介しましょう。
分かりやすく言うと、数学は「社会の基盤を支える自然科学」をさらに支える学問です。それは例えば、関西学院大学の理系学部の学生は、ほとんどが1年次に線形代数や微分積分などの数学を勉強することからもうかがえます。
代数学の応用について身近な例を挙げると、広く利用されているRSA暗号という暗号は、「非常に大きな整数の素因数分解は現実的な時間内では困難である」という事象に基づいて、代数学を用いて巧妙に設計されています。
素因数分解の研究の歴史は、紀元前の数学者ユークリッドにまでさかのぼります。人間の純粋な知的好奇心から研究され始めたであろう素因数分解が、遠い未来に思わぬ応用を生みました。数学が社会に役立っている例は他にもたくさん挙げられますが、必ずしも初めから応用を狙っていたわけではないことは興味深いです。
私の研究はグレブナー基底の諸分野への応用ですが、諸分野における既存の手法がかなり強力で、計算効率の面ではかなわないこともあります。しかし、代数学を応用する目的の一つは「その問題が持つ数学的構造を解き明かす」ことです。これが成功すれば、既存の手法の細かな改良だけでは全くなし得ない、大きなブレークスルーを起こすことができます。
一度証明されたことは千年たっても正しいというのは、他分野にはあまり見られないことで、数学という分野の希有(けう)な特性です。基礎的な研究成果を積み重ね、遠い未来に役立つ研究につながればと思って、日夜研究に励んでいます。