※この記事は2023年8月に神戸新聞に掲載されたものです。
2021年に国内の建築分野から排出された二酸化炭素(CO2)は3・5億トンでした。これは主に建築工事中や建物の使用中に消費するエネルギーによるもので、国内のCO2総排出量の実に3分の1を占めます。当然、建築分野でも削減のためのさまざまな対策が講じられています。
私が取り組んでいるのは、その手法の一つである建物の長寿命化に関する研究です。具体的には、使用されなくなった建物を大規模に改修し、用途を変更して再利用されている建物などを対象に、その企画・設計手法や、利用・運営の実態などを分析しています。
長寿命化のメリットは、解体や建て替えを先送りすることによって、資源やエネルギー消費を削減できることですが、それだけではありません。新築よりも少ない費用で、建物の再生や新しい事業を開始できる、あるいは地域で親しまれてきた建物や景観の保全につながるといった、経済的、文化的なメリットも挙げられます。
近年、各地で古民家などを用途変更して、宿泊施設として活用する事例が増えています。中でも特徴的なのが、宿泊施設の機能を一つの建物内で完結させず、地域ぐるみでサービスを提供する「まちやど」です。
地域に一つまたは複数ある宿は、主に泊まる機能を提供し、食事は周辺の飲食店を案内します。近くの銭湯や温泉を案内することもあります。宿泊客にとっては、町歩きで地域の雰囲気を味わったり、地域の人と交流する機会が増えたりするなど、旅先の魅力を深く感じられる体験となります。
食事や入浴は宿泊施設にとって重要なサービスですが、古い建物の改修では、構造、設備や面積に制約があり、改修が不可能な場合や多大な費用が必要となる場合があります。無理に改修しても、元の建物がもっていた雰囲気が失われてしまっては意味がありません。
まちやどは、こうした負担や課題を減らし、比較的少ない初期投資で開設することができます。長寿命化の視点からみると、事業開始のための障壁が低く、現存する資源の活用につながりやすいということになります。今後もこうした取り組みは広がっていくでしょう。
一方で、改修費用の配分、設計手法、安全性、地域との連携などにおける課題も明らかになりました。多くは長寿命化に共通する課題ですが、最適解を見つけ出すことは簡単ではありません。今後もさまざまな施設の調査・分析を通して、課題の解決策を模索しながら、持続可能な社会の実現に寄与できるような研究を進めていきたいと考えています。
IIDA Tadasu
飯田 匡 准教授
建築人間工学をベースとした建築計画学、建築空間デザインに関する研究。