研究から探す

珪藻の光合成の仕組みを解明し、新たなエネルギー技術を実現する。

光合成といえば、植物が葉で太陽の光を使ってデンプンを作る作用としてよく知られていますが、同時に水を分解して酸素も放出します。酸素を発生する光合成は28億年前に出現し、この作用がやがて地球表面を徐々に酸化しながら、大気酸素を現在の濃度まで増やしました。一方で二酸化炭素(CO2)は、石炭や石油などの化石燃料に変えられ、現在の濃度まで減ったのです。

光合成は陸地だけでなく海でも活発に行われています。1997年に人工衛星を使った調査で、海の光合成量が初めて正確に計算されました。その結果、海では地球全体の50%の光合成が行われることが分かりました。この調査で注目されたのは、南極海域や北海道周辺を含む北太平洋で「珪藻(けいそう)」と呼ばれる植物プランクトンの季節的な大繁殖が起こり、地球全体の20%ほどの光合成量を占めることでした。つまりわれわれが5回呼吸すると、1回分は珪藻が放出した酸素を吸う、ということが分かったのです。

この発見を機に珪藻光合成に注目が集まり、2000年代に入ると全遺伝子配列も解読されました。私たちの研究室は、海洋性珪藻を研究材料として、CO2固定やCO2濃度を感知する分子機構の研究に取り組んで来ましたが、その歴史は新たな珪藻研究の発展と偶然にもシンクロしていました。

珪藻類は「二次共生生物」といって、2度の共生によって葉緑体を獲得した複雑な生物です。二次共生生物は真核生物の中で圧倒的に種類が多いにもかかわらず、細胞内の仕組みはほとんど未知といっても過言ではありません。

珪藻細胞が海水の重炭酸を効果的に取り込むタンパク質(緑色)を、細胞全体の写真(左上)と葉緑体蛍光(赤色)と重ね合わせた写真(右下)。細胞膜に緑色が存在しており、このタンパク質は人にも存在する

私たちはこれまでに、珪藻細胞に対して遺伝子操作やゲノム編集を駆使して、珪藻細胞が海に溶けているCO2や重炭酸を効果的に取り込み葉緑体に送り届ける仕組みや、CO2濃度の変化を感知する仕組み、光エネルギーを最大の効率でCO2固定につなげる葉緑体構造などを明らかにしました。

人でも働くタンパク質が、珪藻の中では別の用途で働いているかと思えば、珪藻にしかない独自に進化したタンパク質が光合成に重要な役割を担うこともあります。また、陸上植物の葉緑体とは全く異なる構造と機能があり、光の変換とCO2固定が陸上植物とは異なる緊密さで結ばれています。これらはまるで未開の地を見つけるような新しい発見の連続で、私たちは学生たちと二人三脚でこれらの発見を関学発の成果として世界に発信することができました。

一方で、珪藻は油脂やケイ酸など、さまざまな有用物質を蓄積する生物なので、カーボンニュートラル化を掲げる産業からも熱い視線を送られています。珪藻の基本的な仕組みを明らかにする私たちの地道な日々の取り組みは、太陽光と海水を原料にエネルギーや有用物質を生産する技術の産業化を目指した研究の基礎としてもいま注目され始めています。

松田 祐介</span> 教授

MATSUDA Yuusuke

海洋性珪藻類をモデルとして、海洋における生物生産の根本を担う独立栄養生物が持つ諸々の生理作用とそれらの環境変動への応答性を分子レベルで研究。