がんに苦しむ人々の力になりたい。
中国から日本へ。
大学院 理工学研究科 生命医化学専攻 博士課程2年生
※取材当時
周 雅軒 さん
母国の中国から日本へ留学し、大学院では、がんの研究に取り組んでいます。父の知人が、がんを患い、がんという病気を「身近なこと」として考え始めました。「がんに苦しむ人々の力になれるよう、がんについて学ぼう」と心に決め、今は大谷清先生の『発がん分子機構学研究室』に所属。自らの研究成果を、論文や学会での発表を通して、積極的に広く世界へと伝えています。今後さらに研究を進めて、将来的には、中国の研究室と連携し、若手研究者に貢献したいです。今回、私自身のこれまでの成果を仁田記念賞と山田晴河記念賞という形で認めていただけたことを、たいへん誇りに感じています。
学会で発表を行う周さん。「日本で長く研究を続けてきたので、専門用語については中国語より日本語のほうがわかりやすく感じます。英語で論文を書く時には、いろんな言語が頭の中を巡ります。英語力の向上は、私の課題の一つ。他国との共同研究や国際学会への参加も、視野に入れています」。
日本語で専門分野を
学ぶことの難しさに苦闘。
学会発表での
自分自身の成長と確かな自信。
私は中国の高校を卒業後、日本の高校に編入しました。母国では、日本語は3ヵ月しか学んでいません。日本の高校生たちと一緒に授業を受け、集団生活を送ることで日本語を早く習得することができると考えたのです。また、がん治療について興味をもったきっかけは、父親の知人が、がんを患ったことです。がんは根本治療ができないこと、また治療費も高額であることは、がん患者にとって大きな問題です。日本が医学の分野で世界的にも高いレベルを誇っていると知っていました。だから、がん研究に本気で取り組むなら、最先端の知識と技術が集まる日本で学びたい――そう強く思ったのです。
進学先を調べる中で、大谷研究室で取り組んでいる研究内容は、私がしたいと思っていたことでした。そして、関学への進学を決めて、見事に合格することができました。
しかし、大学に入ってからの授業では、思っていた以上に苦労しました。日本語で行われる生命医化学分野の専門的な授業は、日常会話や高校までの授業とは違い、わからないことばかりで…。そこで、私は授業をすべて録音して、帰宅後に聞き直し、友だちに教わることで、何とか乗り越えていきました。
初めての学会発表では緊張して、質疑応答できちんと説明ができずに、悔しい思いをしました。しかし、勉強と経験を重ねることで、自信が持てるようになりました。今では学会でも、日本語での発表がしっかりとできています。普段から、先生や研究室の仲間と共に研究活動に励み、人前で話すことへの苦手意識や日本語への不安が自然と薄れ、コミュニケーション力が養われたと感じます。最近は学会発表でも「もっと質問してほしい!」と思うほどです。質問に答えることで、自分の学びや成長に繋がります。
日本で叶えた研究の夢。
母国との医学の架け橋になりたい。
現在のがん治療において、大きな問題となっているのが、抗がん剤による副作用です。私たちの研究室では、正常な細胞を傷つけず、がん細胞のみを攻撃する「副作用のないがん治療法」の確立に向けた研究に取り組んでいます。肺がんや胃がん、皮膚がんといった部位別の研究でなく、がんそのものの発症メカニズムに着目しているため、全てのがんに応用できるのが、私たちの研究の大きな強み。そこに魅力を感じて、私はこの研究室を志望しました。
配属されたばかりの学部生時代は、スタチン系薬剤のがん治療薬へのドラッグリポジショニングについて研究。医薬品への関心も高かった私にとって、これもすごくいい経験になりました。そして修士からは、副作用のない治療をめざしたがん発症メカニズムの解明という、一番やりたかった研究テーマに。特に私はがんの9割が由来する上皮系細胞に着目し、そうした自分の研究で論文を発表できた時は、大きな達成感が得られました。
博士課程修了後も大学に残り研究を続けるか、企業に就職するかについては、まだ迷っています。いずれにしても日本で研究職を続けようと考えています。将来的には中国の研究機関と連携し、母国の若い研究者を支援できれば、うれしいです。母国をはじめ、がんで苦しむ世界中の人々のために、自分にできることに挑み続けたいと思います。