ミクロ世界の現象を解明し、
電子デバイスの進化に貢献を。
大学院 理工学研究科 先進エネルギーナノ工学専攻 博士課程2年生
※取材当時
亀田 智明 さん
私が研究しているのは、肉眼では捉えることの出来ないミクロ世界における物理現象です。なかでも「遷移金属ダイカルコゲナイド」という一原子層分の厚みしかない二次元物質を、主な研究対象としています。最近の大きな成果としては、この二次元物質に光を照射することで「スピン流」と呼ばれる電子の流れを生成させる、という現象について、理論的な計算による解明に成功しました。スピン流は、高効率な光熱電変換に活かせるなど、次世代の技術革新のキーと言われるものの一つ。私の研究成果に対しても、将来的に太陽光発電や省エネルギーの電子デバイスなどの分野への応用が期待され、学会でたくさんの反響や高い評価をいただき、とてもうれしく感じています。
亀田さんが所属する若林研究室では、1原子の厚みしかない薄膜物質について研究。「例えば炭素原子が六角形の格子構造になっているグラフェンという薄膜は、カットする方向によってエッジの形状が変わり、その違いが電子状態にも違いを与えます。目に見えないミクロ世界でのそうした現象について知れるのが、楽しいんですよ」。
企業で働くなかで再燃した
「また研究の場に」という想い。
重圧を乗り越え、
新規の現象の解明に成功。
大学4年生の時から若林研究室で研究活動に打ち込み、修士2年の時、若林先生の従来の研究内容について、当時ノーベル物理学賞でも注目されたトポロジーの考え方で新たな解釈を試み、それを修士論文として書き上げたことで「やり切った」という達成感を感じました。卒業後は、民間企業で、自動車に積載する組込システムの開発に携わっていました。その数年後、「また研究の場に戻りたい」という気持ちが再燃し始めました。「仲間と一緒に成果を出す」という企業での仕事にもやりがいはありますが、それ以上に私は「自分自身の成果」というものを実感したい。そして若林先生に相談し、5年のブランクを経て、この研究室に戻ってきたのです。
「何か新規性のある研究を」と考え、私が着目したのが『ヤヌス遷移金属ダイカルコゲナイド』という薄膜。以前も研究対象としていた一般的な遷移金属ダイカルコゲナイドは1種類のカルコゲンで構成されますが、これに対してヤヌス遷移金属ダイカルコゲナイドは2種類のカルコゲンで遷移金属を挟む形となっています。「この物質も光照射で何か応答が出ないだろうか?」と研究を進め、そこから「従来とは違う種類のスピン流を出せる」という現象の解明に繋げられたのです。「復学した以上、成果を出さなければならない」といったプレッシャーも感じていたので、今回の結果には安堵しました。
現象を数式で解明する
面白さに惹かれ、若林研究室へ。
先生から学んだ
研究者としてのあり方が、今後も指針に。
この分野の研究の多くは、電子デバイスへの応用が期待されるものです。今や電子機器は私たちの暮らしに欠かせませんし、そういう意味で社会の役に立てているのはうれしいですね。同時に「新規な物理現象を解明する」という基礎的な学問の領域で貢献できているという喜びも、高いモチベーションに結びついています。目に見えない世界で何が起きているかを、数式を使って解き明かしていくのが、私たちの研究活動。実験しなくても、数式や理論で物質の現象を説明できるということが、私にはとても面白く、そこに魅力を感じて、この若林研究室に入ったのです。
私はこの研究室の2期生。当時、若林先生は関学に赴任されて2年目で、研究室には1年上の先輩しかいませんでした。何もないところからみんなで研究室としての形を作り上げていくなかで、おのずと主体性が養われたと思います。ただ、若林先生からは「研究では、一人で抱え込まず、周囲に相談することが大事」とも教わり、その実践によって壁を打ち破れた場面は多かったです。
今後は研究者として自立をめざすなかで、「主体的に研究を進める」ということはもちろん、研究者として広く認知してもらうため、学内外の多くの方々と積極的なコミュニケーションも重要になります。若林先生のもとでの学びが、今後さらに生かされると実感しています。
■図の説明
(a)二次元薄膜物質であるヤヌス遷移金属ダイカルコゲナイドの側面図。中央の遷移金属原子を二種類の異なるカルコゲン原子が挟み込む構造をとる。
(b)ヤヌス遷移金属ダイカルコゲナイドにy方向へ振動する光(電場)を当てると、直角方向(x方向)にスピンがそろった電子の流れ〈スピン流〉(青矢印)が生じる様子を示す模式図。
(c)光の振動数(縦軸)とスピン流の強さ〈スピン流伝導度〉(横軸)の関係を示す。通常の 遷移金属ダイカルコゲナイドではスピン流はゼロ(点線)だが、上下で元素が異なる“ヤヌス” TMDC ではゼロにならず、有効な値(実線)が現れる。