
「第4のがん治療法」に
有効な物質の創出に成功。
大学院 理工学研究科 化学専攻 博士課程1年生
※取材当時
西村 優輝 さん
がんの主な治療法として、手術療法、化学療法、放射線療法の3つが知られていますが、これらは身体への負担が大きいといった課題があります。そこで「第4の治療法」として期待されているのが、光線力学的療法です。光感受性物質とレーザー光線の光化学反応を利用し、腫瘍を選択的に壊死させる治療法で、身体への負担が少なく、安全性が高いのが特長です。ただ現状ではレーザーが生体の深部にまで届かないため、皮膚がんなど比較的浅い部位のがん細胞にしか適用できません。そのような中、私は生体深部へのレーザー到達が可能な長波長領域に吸収域を持つ、これまでにない光感受性物質になり得る化合物の合成に成功しました。光線力学的療法の適用範囲拡大に向けた、大きな一歩となります。

光線力学的療法では、注射した光感受性物質ががん細胞の周囲に集まり、そこにレーザーを照射してがん細胞を壊死させます。現在日本で認可されている光感受性物質の吸収波長域は最大700 nm程度ですが、西村さんはオリゴピリンの特徴を活かすことで、最大1050 nm程度まで吸収波長領域を持つ物質の合成に成功しています。
寄り道をして、思わぬ「お宝」に
出会えるのも研究の楽しさ。
意外な発見が新たな道を切り拓いた。
私が研究対象としているのはオリゴピリンと呼ばれる有機化合物です。この化合物は「π共役を任意の長さに拡張可能で、より長波長領域に吸収域を与えられる」「構造的特徴から溶解性や光学特性の付与が期待できる」といった興味深い性質を複数有します。こうした性質から、私はオリゴピリンをがん治療に役立てるための知見を見出しました。もっとも、当初のテーマは「オリゴピリンの電子・光学材料への応用」であり、がん治療への応用は、実は後から派生的に見つかったものでした。
私は大学4年生の時、当時着任されたばかりだった倉橋先生の研究室に第一期生として配属されました。他の研究室と比べて、先行研究やノウハウが少ない状態でのスタートだったため、測定ひとつ行うにしても他の研究室や装置メーカーに「教えてください」と相談を持ちかけるなど、苦労の連続でした。しかし、そうして周囲の方々に支えられながら研究を進める中で、光物性を専門に研究されている江口大地先生にお声がけいただき共同研究が始まりました。それがきっかけで「オリゴピリンは光線力学的療法にも応用できるのでは?」と気づけたのです。かつて倉橋先生から「ある程度のゴールはあるけれど、途中でどんなお宝が出てくるかわからない。そこで寄り道もできるのが研究の楽しさだよ」と教わったことがあります。まさにその「お宝」が発見されたというわけです。
自分の研究を「面白い」と
認めてもらえ、ようやく自信が。
新しい価値を創る、
構造有機化学の魅力を
追究し続けたい。
多くの自然科学や数学は「何かの仕組みの解明」に重きを置いているのに対し、構造有機化学の分野は「新しく何かを創り出す」ことができます。思い通りの新しいものが創れた時はすごくうれしいですし、予想外の何かが生まれる楽しさもあります。ただ、そのステージに辿り着くのは決して容易ではありません。実際、研究ではなかなか成果が出ず、ずっと自信を持てずにいました。しかし修士1年の夏の学会発表で「面白い」といったコメントをたくさんいただき、さらに賞まで受賞できたことで、ようやく「この道でやっていける」という実感が湧きました。現在は研究助成金も獲得し、海外での学会への参加も予定しています。何もないところから始め、ようやく畑を耕し終えたところではありますが、「自分の研究を認めてくれる人がいる」という実感は、何よりも大きな支えとなっています。
今後の第一の目標は、さらに長い吸収波長域を持つオリゴピリンを合成することです。オリゴピリン研究の基盤を博士課程の3年間で体系的に構築し、その将来的展開に備えることが、現在の自分に課せられた重要な課題であると認識しています。そして卒業後は、有機化学を専門的基盤として、社会に価値を創造できる研究者になりたい。研究する場は大学等の研究機関か企業かは思案中ですが、「面白い」「これは本当に素晴らしい」と評価される価値を、この手で創り出したいです。