研究から探す

脳の電気活動を計測して人間の行動を解析する。

※この記事は2020年8月に神戸新聞に掲載されたものです。

梅雨がようやく明け、待ちかねた夏到来とばかりに一斉にセミが鳴き始めました。その行動は本能で、意思によって行動しているのではありません。

セミとは違い、人間は意思をもって行動していると私たちは思っています。例えば、自転車に乗っていて車が突然出てきた時、「危ない!」と慌てて避るとっさの行動も、やはり意識が介入していると考えます。セミは、「危ない!」と思ったりなんてしないでしょう。

しかし、人間の行動のスタートは本当に意識的なのでしょうか?

脳の神経回路網で発生した電気活動が筋肉に至り、人間の行動が発生します。頭皮の表面に電極を当て、脳の神経電気活動が表面に波のように伝わったものを計測することができ、これを頭表脳波と呼んでいます。脳波は脳での情報処理によって発生したものですから、人間の行動に伴う脳の働きを脳波から調べることができるわけです。

さて、人間が何か行動を起こす際、その行動の0.5秒ほど前に、頭頂付近で負の電位の脳波が発生することが知られています。これを運動準備電位と言います。

人間が行動を起こす意思を持ってから実際に行動するまでには、ボタン押しのような単純な行動でも0.2秒程度かかります。このタイミングの意味がわかるでしょうか?

面白いことに、何か行動しようと思った時の0.3秒前から、脳は既に行動の準備を始めているのです。例えば、「ボタンを押そう」と思ってから行動を開始しているのではなく、脳が無意識的に活動し始め、それを「ボタンを押そう」という意識が後追いしているような感じなのです。

私の研究室では、ディスプレー上のランプが点灯したらその色に応じて違うボタンを押す、という課題で、緑と赤のランプを短い間隔で連続して点灯した時の運動準備電位を調べています。行動が2回なので準備電位は2回発生するはずです。

ところが点灯間隔を0.5秒より短くすると、2回目の準備電位が間に合わずに1回しか発生しません。この時、脳は2回の別の行動を1回の2連続ボタン押し行動に変えてしまいます。

二つ目の色の判断は当て推量で無意識に行動するので、誤ったボタンが押されることが多くなります。このように判断が必要な場合でさえ、意識に上るより先に脳が行動を開始します。

実は私たちの行動は、思っている以上に無意識の領域で決定されているのです。

工藤 卓</span> 教授

KUDOH N. Suguru

生体神経回路網と人工情報処理のハイブリッドシステムを構築しながら脳の根本原理と意識の源泉を探求。